日本における牡蠣の産地(2):宮城県【随時更新まとめ記事】
震災後の復旧が進む宮城県の牡蠣養殖
宮城県は牡蠣生産量は広島県に次いで長らく2番目に位置していました。ただし、2011年の東日本大震災により養殖施設の大部分が消失し、生産量が激減しました。
具体的には殻付き換算で、震災前は殻付きの状態で3.6万トンであったが、震災後の様々な努力を経て往時の5割ほどの29年度2.4万トン(むき身で換算すると2,000トン前後)まで回復してきた状況です。家族的な小規模な生産者が多いこともあり、経営体の数は現在でも最も多い件となっています。
※むき身換算に生産量についてまとめた参考サイト:広島市水産振興センター
宮城県の生かきは生鮮向けがほとんどで、生食用として流通しています。首都圏のスーパーマーケットで生食用と言えば、ほぼ宮城県産が置かれています。
特筆すべきは、生産者、加工メーカー、行政が一体となって進めている国際的な認証制度への取組です。この認証は、ASC認証と称される自然環境や労働者、地域社会への配慮した養殖業を認証する制度です。
すでに6割以上の漁協が、この認証を取得しています。首都圏の店頭でも注水パックの最終製品ラベルに印刷されていることが確認できます。
世界を牡蠣産業を救ったミヤギ種
また、宮城県は種ガキの供給において極めて重要な拠点であり、販売量について8割を占めています。
種ガキは自然採苗によって採取します。親となる牡蠣養殖が盛んで、湾内が閉鎖的な様相を有する牡鹿半島西の石巻湾から松島湾までの海域で主に行われます。
それだけでなく、ミヤギ種は、世界の牡蠣産業を救った種でもあります。
アメリカにおいては、19世紀末に病気や乱獲、汚染によって牡蠣の収量が激減していたところに、20世紀初頭に宮城県のマガキの種を導入することで牡蠣産業が復興した経緯があります。アメリカではマガキのことをパシフィックオイスターあるいは、”ミヤギ”と呼ぶこともあります。
フランスにおいても、ヒラガキに変わり主流となっていたポルトガル種が病気になり全滅する事態が1960年代に起こります。
塗炭の苦しみに陥ったフランスの牡蠣生産者を救ったのも、宮城県から輸出された種ガキでした。マガキは病気に強く、抵抗力が強かったの環境変化に耐えることができました。今ではフランスの生産量の98%が宮城県にルーツをもつマガキとなっています。
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