漫画業界の巨匠の訃報が続いている

 

『ドカベン』の作者である水島新司さん（82）が肺炎のため亡くなりました。

 

水島さんの肺炎とコロナとの関係は判然としませんが、このところ矢口高雄さん（『釣りキチ三平』）、さいとうたかをさん（『ゴルゴ13』）、白戸三平さん（『忍者武芸帳』、『カムイ伝』）といった漫画界の大御所が立て続けに他界。死因も肺炎に限らず様々です。

　年齢的に仕方のないこととはいえ、これらの方々の訃報は、いわゆる「高齢者」や「慢性疾患のある方」といった耳にする名詞が、具体的に意味するものを改めて認識させられます。ただ、漫画家が世を去っても創造したキャラクターとそのメッセージはなお引き継がれます。私たちは、それらの言葉を携えて、日々の生活を糧にすることができます。

 

 

作中における岩鬼正美

 

『ドカベン』に登場する岩鬼正美もその一人です。

 

 

『ドカベン』は不言実行のスラッガーである山田太郎を主軸として描かれる野球漫画。山田太郎は、朴訥で非常にまじめな人間です。内に秘める闘志を野球にぶつけていき、対戦相手のみならず自分との闘いにも打ち勝っていきます。まさに青春の優等生であり、多くの日本人の共感を呼ぶ存在です。

 

もっとも、この漫画は、山田らを中心とする世界観だけでは、伝説の野球漫画たりえなかったように思われます。

 

天賦の身体能力を持ち、騒々しく乱暴で自己顕示欲の塊のような人物、岩鬼正美が登場することで、普遍的な深さと奥行きをこの作品は獲得しています。キャラクターとしての岩鬼の追加により担当編集者も『ドカベン』の連載に前向きになったと言われています。

　どうしようもなく岩鬼が好きだというファンは多く、野球に詳しくない読者からも一般的支持を受けたのは、主人公にはない岩鬼の人間性（スター性）が背景にあります。追悼記事においても、名場面として取り上げられるのはなぜか岩鬼の活躍です。

 

※追悼：水島新司が描いた『ドカベン』明訓高校×土佐丸高校での見事な作劇と野球の本質

※東京新聞　＜社説＞水島新司さん　野球通じて描いた「愛」

※水島新司さん「壊され盗まれ続けた」『ドカベン』岩鬼正美“銅像”の現在

※水島新司先生に感謝を込めて『ドカベン』岩鬼正美の「バットごとホームラン」を考察してみた!

※ドカベンキャラクター人気ランキング！最も愛される登場人物は？

 

 

目的と手段を見失わない岩鬼の本質

 

岩鬼においては、人間としての絆、義理人情、親子や恋人への愛情といったものが原動力となっています。それらの目的達成の必要性が極点に達するときに（のみ）、神がかり的な豪打を彼は発揮します。

　逆に言うと、必要性のない場面では一切打てない（打たない）。ホームラン数や打率といった数字は、他より低くなってしまうのは仕方のないこと。

 

岩鬼をめぐる作劇には、野球が野球以外のもの通じて完成する凄みが存在しています。それが自他への努力や野球技術論ではなかなか難しくなってしまう、岩鬼への共感の理由です。

 

その点がもっとも顕著に描かれるのは、高校2年時の選抜高校野球決勝戦の土佐丸高校戦、9回裏１死一塁の場面です。彼は、父親一代で建設会社を大きくした家庭の末っ子と生まれ、優秀な兄たちに露骨に比べられて育ちます。実の母親からも問題児扱いされる不遇の少年時代を過ごしました。

 

それでも岩鬼家には彼を支え、自らの存在を唯一認めてくれた、おつるという家政婦の女性がいました。土佐丸高校の犬飼投手に追い込まれた岩鬼は、家政婦をクビにされて長らく会っていなかった彼女をスタンドで発見します。その女性は岩鬼が恋する女性である夏子と面影が似ていました。

 

土井垣監督　「岩鬼　まじめにやらんかい　大事な打席だぞ」

岩鬼　　　　「じゃかあしやい！！　こんなまじめなことほかにあるかあ」

 

こに岩鬼における優先順位がはっきりと示される台詞です。目線の先には、相手投手などなく、より重要な人間関係の絆が目的として、はっきりと現れます。

 

おつるとの日々が回想される中で、彼を遠ざけてしまっていた母親の眼鏡が回想され、それを梃子にして岩鬼は困難な状況を打開していくことになるのです。

 

予想以上にコロナ禍が続き、社会生活が停滞している中ではありますが、われわれも生活の本質を見失わないようしたいものです。

 

※ドカベン31巻のすごさについて言いたくて……夏